独立して、ちょうど1年が経ちました。
デザイナーとして看板を掲げて歩んできた1年間を振り返ったとき、ふと疑問が浮かんだのです。「そもそも自分は、なぜこの仕事をしているのだろう?」と。
電気工事士、エンジニア見習い、そして再び電気工事、マーケット会社でのディレクター、そして独立。キャリアだけ見ると、かなり遠回りをしてきた印象があるかもしれません。しかし今、振り返ってみると、そのすべてに一本の軸が通っていることに気づきます。
この記事は、そんな自分自身の原点を整理するために書いたものです。同じようにキャリアに迷っている方や、どんな思想を持ったデザイナーなのかを知りたい方に、少しでも届けばうれしいです。
原点は、レゴを壊すことだった
幼い頃、レゴブロックが大好きでした。ただ、少し変わった遙び方をしていたと思います。
箏の説明書を見ながらキット通りに組み立てる。そこまでは普通の子どもと同じです。でも私は、完成したらすぐに壊してしまうのです。そしてそのパーツを使って、今度は頭の中にある自分だけの設計図で作り直す。それが何より楽しかったのです。
「キット通りじゃなくて、自分だったらこうしたい」という気持ちが、当時からとても強くありました。誰かが用意した正解をなぞるのではなく、自分の頭の中にあるイメージを形にすること。そのプロセスに、強い喜びを感じていたのです。
今思えば、これがすべての出発点でした。企業のロゴを設計するときも、ブランドの世界観を構築するときも、根っこにあるのはこの感觚と同じです。誰かが持っている「こうあってほしい」という頭の中の設計図を、形として世の中に送り出すこと。それが自分のやりたいことの本質なのだと、今では確信しています。
電柱の上で育てたクリエイティブの土台
20代を中心に、9年間ほど電気工事、とくに配電工事の仕事に携わりました。デザインとはまるで無縁に見える仕事ですが、実はここで最も大切な思考回路が鍛えられたと思っています。
電柱の上での作業というのは、現場ごとに状況が全然違います。設計図はあっても、その通りにいかないことが当たり前なのです。スペースが足りなかったり、既存の配線が邪魔をしたり、想定外の障害が次々と出てきます。
そのとき「できないからやらない」という選択肢は存在しませんでした。代わりに「どうしたらできるか」を考えることが、仕事そのものでした。どこがキーポイントか、どこを見直せば突破口が開けるか。その連想の連鎖を何千回と繰り返してきたのです。
この経験から、一つの確信が生まれました。それが「制約が多いほど、クリエイティブになれる」という考え方です。
フルオープンな状態で「自由に作っていいよ」と言われると、むしろアイデアは出にくいものです。でも「この予算で」「このターゲットに」「このメッセージを伝えるために」という枕組みがあると、思考が研ぎ澄まされる感觚があります。電柱の上で繰り返した「どうしたらできるか」という問いの立て方が、そのままブランドデザインの仕事に生きているのです。
遠回りどころか、この9年間はデザインの核心を体に染み込ませた時間だったと、今では思います。
「面白そう」という純粋な興味が、デザインへ導いた
9年間働いた会社は、規模の大きな組織でした。安定はしていましたが、あるとき気づいてしまったのです。このまま続けると、役職が上がるのは30代半ばになってからだ、と。
「もっと違うことをしたい」という漠然とした気持ちが、じわじわと膟らんでいきました。ちょうどその頃、オンラインのデザインスクールやプログラミングスクールが流行り始めた時代でもありました。
最初の動機は、正直なところシンプルなものです。「なんか面白そう」という純粋な興味でした。難しい理由も崇高な目標もなく、ただ「やってみたい」と思って始めたのです。
そして実際にやってみると、もう止まりませんでした。頭の中にあるイメージを視覚として形にする作業が、子どもの頃にレゴを組み直していたときの感觚と重なったのです。「作るのがすごく楽しい」というシンプルな喜びが、デザインの世界に引き込んでくれました。
転職やキャリアチェンジというと、しっかりとした計画や強い動機が必要なように思われがちです。でも私の場合、最初の一歩は純粋な好奇心だけでした。そのくらい軽い動機でも、始めてみることに意味があると今は思っています。
「なぜ作るのか」を問い続けた4年間
マーケット会社に転職してから、デザイン・制作ディレクターとして4年間勤務しました。この時期が、思考の深さという意味で最も大きな変化をもたらした時間でした。
その会社は、良い意味でも悪い意味でも「雑多な環境」でした。あれもこれも対応しなければならない状況の中で、自然と先回りして考える癸がついたのです。「なぜこれをやるのか」「どんな成果が上がれば、依頼主は喜ぶのか」という問いを、常に自分に向け続けていました。
マーケティング全体の流れを把握した上で、どんなクリエイティブが必要かを考える。それが当たり前になっていきました。単に「依頼されたものを作る」から「依頼の背景にある課題を解決するものを作る」へと、思考の軸がシフトしていったのです。
このシフトが、表面的なデザインから思想のデザインへと自分を向かわせた大きな転機でした。見た目を整えるだけのデザインには、正直なところあまり興味が持てなくなっていきました。その企業が何者で、何を大切にしていて、どんな未来を実現したいのか。そのエッセンスを形にすることに、強く惹かれるようになっていったのです。
自分は目立たなくていい、作ったものが活躍してほしい
独立した今、私がメインで手がけているのはWebデザイン・グラフィックデザイン、そして特にロゴデザインを起点にしたブランドの世界観づくりです。
ロゴからパンフレット、そしてWebサイトへと展開していく仕事は、企業のアイデンティティを形にするプロセスそのものです。ヒアリングを通じて感じ取った本質を言葉として設計すること、つまりコピー(キャッチコピーや企業理念のような言葉のデザイン)も、自分にとって重要な仕事のひとつと捉えています。
私のこだわりは、売上に直結することよりも、その企業らしさや思想、実現したい未来をデザインすることにあります。なぜそのスタンスを選ぶのか。理由はシンプルです。
本質的なデザインの方が、長く使ってもらえるからです。
流行に乗った表面的なデザインは、時代が変わると古くなります。でも、企業の思想や哲学を丁寧に掛り起こして形にしたデザインは、10年後でも変わらず機能するものです。ロゴひとつでも、そこに込められた意味や背景があれば、簡単には捨てられないのです。
そして、もうひとつ正直に言うと、私は自分が目立ちたいわけではありません。作ったクリエイティブが世の中に出て、その場所で活躍してほしいのです。誰かの目に触れるたびに、そのブランドの価値を伝え続けてほしい。世の中に長く存在し続けることに、デザインの意義があると感じています。
これはきっと、子どもの頃に自分の設計図でレゴを組み直した気持ちと、根っこでつながっているのだと思います。自分の作ったものが、自分の手を離れて世界の中で生きていく。その瞬間が、何よりうれしいのです。
キャリアの遠回りは、すべてつながっていた
電気工事9年、デザインとの出会い、マーケット会社での4年間、そして独立。こうして振り返ると、ずいぶん遠回りをしてきたように見えるかもしれません。
でも今の私には、どのピースも欠かせないものに思えます。
電柱の上で鍛えた「制約の中で考える力」がなければ、今の仕事でこれほど制約を楽しめていないでしょう。マーケティングの現場で磨いた「なぜを問う習慣」がなければ、表面的なデザインで満足していたかもしれません。そしてレゴを壊して作り直していた子どもの頃の喜びがなければ、この仕事を続けるエネルギーは生まれなかったはずです。
キャリアチェンジを迂っている方に、一つだけお伝えしたいことがあります。遠回りに見える経験は、たいてい後になってから意味を持つものだということです。そのときは関係なく見えていたとしても、いつか予想外の形でつながってくるのです。
デザイナーに仕事を依頼しようと考えている方には、こんな思想を持ったデザイナーがいることを知っていただけたなら、それだけで十分です。私は、あなたの企業が長く世の中で輝き続けるためのデザインを、一緒に考えたいと思っています。
独立1年。まだ始まったばかりですが、自分の哲学はもう揺らがないと感じています。作ったものが世の中で長く生き続けること。それが、私がデザインをする理由です。
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