名前を決める仕事は、いつも少し怖い。
ロゴは作り直せる。ホームページも、パンフレットも、数年で更新できる。でも名前だけは、一度世に出したら簡単には変えられない。名刺にも、看板にも、請求書にも、取引先の記憶にも入り込む。だから僕は、社名や商品名の相談を受けたとき、いちばん時間をかける。
そして、たいていの相談は、こういう言葉から始まる。
「覚えやすい名前にしたいんです」
気持ちはよく分かる。でも僕は、この希望をいったん止めることにしている。
■ 覚えやすさは、名前の性能ではない
覚えやすい名前というものは、たしかにある。短い、音がいい、意味がすぐ分かる。ただ、それを聞いて僕が思うのは、「その名前を、誰が何回聞くことになるのか」だ。
覚えやすさは、名前そのものの性能ではなく、接触回数の結果として生まれる。毎日テレビで流れる名前は、多少長くても覚えられる。逆に、年に一度も目にしない会社の名前は、どれだけ語感がよくても記憶に残らない。中小企業の名前が置かれているのは、後者の環境だ。
だから、語感の勝負に賭けるのは、たぶん分の悪い戦い方になる。似た音の会社はすでにいくつもあるし、検索したときに紛れる。覚えやすさを狙って付けた名前が、覚えられないまま埋もれる。よくあることだ。
では、何を基準に決めるのか。僕は「10年後、社員がこの名前の意味を説明できるか」で見ている。
■ 意味を説明できる名前は、社内で使われる
以前、地方の食品メーカーの新ブランド名を一緒に考えたことがある。社長は当初、外国語をもじった短い造語を推していた。おしゃれで、たしかに口に出しやすい。
でも、由来を聞いたら「なんとなく響きが良かったから」だった。それを聞いて、僕は一度立ち止まった。この名前は、社長が説明できない。ということは、社員はもっと説明できない。営業に出た社員が「この名前、どういう意味ですか」と聞かれたときに、答えられないまま次の話題に移ることになる。
その場で、質問を変えた。「この商品、絶対にやらないと決めていることはありますか」
しばらく考えて、社長はこう言った。「安くしてくれと言われても、量を減らして値段を合わせることだけはしない」。原料の質を落とさない、内容量をこっそり削らない。それはこの会社が創業以来ずっと守ってきたことで、けれど一度も文章になっていなかった。
その一言を軸に候補を組み直したら、最初の造語は自然と消えた。最終的に残ったのは、その「削らない」という姿勢を日本語で言い表した、少し無骨な名前だった。おしゃれではない。でも、社員全員が由来を語れる。
半年後に伺ったとき、社内の会議で「それ、うちの名前に反してないか」という言葉が出るようになっていた。名前が、判断のときに参照される言葉になっていた。僕が名前に期待しているのは、この状態だ。
■ 名前を考える前に、やること
実務の順番も書いておく。名前の候補を出すのは、いちばん最後でいい。
最初にやるのは、境界線を引くこと。この事業は何をやって、何をやらないのか。誰の役に立って、誰の役には立たないのか。名前の案が無限に出るのにどれもピンとこない、という状態は、発想力の問題ではなく判断材料がないだけだ。捨てるものが決まっていない限り、名前は決まらない。
次に、「言われたら悔しい一言」を書き出してもらう。「安かろう悪かろうだよね」「結局どこも同じでしょ」「昔からやってるだけの会社でしょ」。悔しい言葉は、その会社が本当に守りたいものの裏返しになっている。ここに一次情報がいちばん多く落ちている。
そこまで来て、ようやく候補を出す。判断の基準は3つだけにしている。
ひとつ、社員が意味を説明できること。 入社1年目が、自分の言葉で由来を言えるか。言えない名前は、社内で使われないまま形骸化する。
ふたつ、褒め言葉として成立すること。 「あの会社らしいね」と言われたときに、名前がその評価と噛み合うか。名前と実態がズレていると、褒められるほど据わりが悪くなる。
みっつ、10年後に嘘にならないこと。 地名や特定の商品カテゴリを入れた名前は、事業の範囲が広がった瞬間に足かせになることがある。いま扱っている商品ではなく、変わらない姿勢のほうを名前にすると、耐用年数が伸びる。
■ 名前は、会社が自分に課す約束
こうして選ばれた名前は、外に向けた説明であると同時に、内側に向けた約束になる。
「削らない」と名乗った会社は、コストが苦しくなったときに、こっそり量を減らしにくくなる。名前が、自分たちの手を縛るからだ。窮屈に聞こえるかもしれないけれど、僕はこの窮屈さこそが資産だと思っている。判断に迷ったときに立ち返る場所があるということだから。
逆に、語感だけで付けた名前は何も縛らない。だから何も守らない。社長が代われば、ただの記号になる。同じ看板を掲げていても、中身は少しずつ入れ替わっていく。
名前を決めるという作業は、デザインの入り口の作業に見えて、実際には経営の意思決定そのものだ。何を守り、何を手放すかを、一語に圧縮する。だから怖いし、だから時間をかける価値がある。
もしいま、新しい事業や商品の名前を考えているなら、候補を並べる前に、一度だけ自分に聞いてみてほしい。
この事業で、絶対にやらないと決めていることは何か。
そこが言葉になった瞬間に、候補の半分は勝手に消える。残ったものが、あなたの会社の名前になる。
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