事業承継の挨拶状には、判で押したような定型文がある。
「今後とも、これまで通り変わらぬお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます」
僕はこの一文を見るたびに、もったいないな、と思う。マナーとしては正しい。角も立たない。でも、この一文がいちばん伝えるべき相手に、いちばん伝わらない書き方だと思うからだ。
■ 承継は、社内の出来事だと思われている
事業承継の話は、たいてい社内の話として語られる。先代と二代目の関係、株や借入の整理、幹部や古参社員へのケア。どれも大事だ。僕自身、承継のブランディングでは先代と二代目の対話に一番時間をかける。
でも、見落とされがちな当事者がもう一組いる。お客さんと取引先だ。
社長が替わるとき、お客さんの中でも“承継”は起きている。「これからも今まで通り頼んでいいのか」「あの人がいなくなって、何が変わるのか」。口には出さないけれど、長い付き合いの取引先ほど、静かにこの問いを抱えている。
「これまで通り変わりません」という挨拶状は、この問いに答えているようで、答えていない。何が変わらないのかを言っていないからだ。
■ 客離れの理由は、品質でも価格でもなかった
代替わりして1年ほどの二代目から、こんな相談を受けたことがある。「古い取引先の注文が、少しずつ減っている」。
品質は落ちていない。納期も価格も先代の頃と同じ。挨拶回りも丁寧にやった。本人には、思い当たる節がなかった。
僕がやったのは、施策の提案ではなく、離れかけている取引先に一緒に話を聞きに行くことだった。そこで返ってきた言葉が、すべてを説明していた。
「先代さんだから頼んでたんだよ。急な無理でも、電話一本で段取りしてくれたから」
お客さんが買っていたのは、製品そのものだけじゃなかった。「困ったときに、あの人なら何とかしてくれる」という先代個人の対応力だった。そしてそれは、会社の強みとしてどこにも書かれておらず、先代の“人柄”という形で完全に属人化していた。
だから、社長が替わった瞬間、お客さんの中では「あの安心」が静かに消えた。品質も価格も同じなのに注文が減ったのは、裏切られたからではなく、頼む理由が言葉になっていなかったからだ。
■ 先代の個人技を、会社の「約束」に翻訳する
ここからやった工程は、営業強化でも値引きでもない。3つだけだ。
1つ目、信頼の棚卸し。主要な取引先に「なぜ、うちと取引を続けてくれているのか」を聞いて回る。社交辞令の奥から出てくる具体的なエピソードを集める。「夜中の電話にも出てくれた」「仕様変更を嫌な顔せず受けてくれた」──信頼の中身は、いつも驚くほど具体的だ。
2つ目、約束への言語化。集まったエピソードから共通する“先代の個人技”を取り出し、会社の約束に書き換える。この会社の場合は「急な相談には24時間以内に、できる・できない・代案のどれかを必ず返す」。先代が感覚でやっていたことを、誰がやっても守れる一文にする。
3つ目、二代目の名前で伝え直す。その約束を、挨拶状、会社案内、ホームページ、そして二代目自身の口から、取引先に改めて伝える。「先代が当たり前にやってきたことを、私はこういう形で引き継ぎます」と。
離れかけた取引先が全部戻ったわけではない。でも「そういうことなら、また頼むよ」と言ってくれた会社との付き合いは、以前より深くなった。属人的な信頼が会社の言葉になったことで、二代目だけでなく、社員の誰が窓口でも同じ約束を語れるようになったからだ。
■ 挨拶状は、事務連絡ではなく最初のブランディング
承継の挨拶状を、僕は事務連絡だと思っていない。新しい経営者がお客さんとの関係を語り直す、最初のブランディングの機会だと思っている。
だから「これまで通り変わりません」で締めるのは、もったいない。書くべきはむしろ、こうだ。
「先代が守ってきた◯◯という約束を、私はこういう形で守り続けます」
変わらないものを具体的に言い、変わるものがあるなら、それも正直に言う。お客さんが知りたいのは“変わらないという気分”ではなく、“何が変わらないのかの中身”だ。
先代の人柄に隠れていた約束を掘り起こして、会社の言葉にする。それは一枚の挨拶状の話に見えて、実は次の何十年の取引を支える資産づくりだと、僕は思っている。
COLORSDRIPでは、中小企業の思想・価値・目指す姿を言語化し、デザインによって“未来の経営資産”に変えるお手伝いをしています。「うちの信頼は、先代個人に紐づいているかもしれない」と思い当たった方は、まず気軽に話を聞かせてください。→ HPの相談フォームからどうぞ。

ダウンロード
今すぐPDFでダウンロードできます。
お問い合わせ
私たちが経営者の方々と同じ目線で、共に発掘します。
