事業承継の相談は、たいてい後継者から来る。
「代替わりのタイミングで、ロゴやホームページを一新したい」「自分の代の方針を、ちゃんと打ち出したい」──気持ちはよく分かる。継ぐ側には継ぐ側の覚悟があって、それを形にしたいと思うのは自然なことだ。
でも僕は、その相談を受けたとき、最初に会いたい人が別にいる。
社員だ。
■ 承継でいちばん揺れているのは、誰か
事業承継の話になると、スポットライトは先代と後継者に当たる。バトンを渡す側と、受け取る側。たしかに主役はこの二人だ。
ただ、現場を見ていると、いちばん心が揺れているのは社員であることが多い。
社員にとって「社長が代わる」は、自分では選べない大きな変化だ。転職するかどうかは自分で決められる。でも社長交代は、ある日向こうからやってくる。しかも、その影響は自分の毎日の仕事に直結する。
「新しい社長は、現場のことを分かってくれるのか」
「先代と積み上げてきたやり方は、否定されるのか」
「この会社は、自分の知っている会社のままでいてくれるのか」
口には出さなくても、みんなこれを考えている。承継期の会社で離職が増えるのは、待遇の問題より、この不安が放置されるからだと僕は思っている。
■ 勤続20年の一言
以前、承継期のある会社で、社員さんたちにヒアリングをさせてもらったことがある。ブランドの言語化のために、現場の人が感じている「この会社らしさ」を集めたかったからだ。
勤続20年のベテランが、最後にぽつりと言った。
「新しい社長がどんな方針を出すかより、先代が大事にしてきたことをちゃんと分かってくれているのか、それが知りたいんです」
この一言に、承継の本質が詰まっていると思った。
社員は、変化そのものを恐れているわけじゃない。時代が変わることも、やり方を変える必要があることも、現場の人間はむしろ肌で分かっている。
恐れているのは、自分たちが誇りを持って積み上げてきたものが「なかったこと」にされることだ。
■ 「新しいビジョン」から始めると、つまずく
だから、承継のブランディングでよくある進め方──後継者が一人で新しいビジョンを掲げ、新しいロゴとともに発表する──は、実は順番を間違えやすい。
後継者に悪気はない。むしろ「自分の代でもっと良くしたい」という真剣さの表れだ。でも、社員の側から見るとどう映るか。
「今までのうちは、ダメだったということ?」
新しい方針が浸透しない会社は、方針の中身が悪いのではなくて、この受け止められ方の設計を飛ばしていることが多い。
僕がおすすめしている順番は、逆だ。
先に「変わらないもの」を言葉にする。変えることは、その後に出す。
■ 「変わらないもの」を言語化する3つのステップ
具体的には、こんな手順で進めている。
①社員に「らしさ」を聞く
後継者や先代だけでなく、社員に聞く。「この会社らしいなと思う瞬間は?」「よその会社と違うと感じるところは?」。面白いことに、経営陣が気づいていない“らしさ”を、社員がいちばん具体的に持っている。朝の掃除の順番、電話の受け方、あえて断る仕事の基準。会社の資産の半分は、現場の習慣の中に眠っている。
②先代・後継者・社員の言葉の重なりを探す
三者から集めた言葉を並べると、必ず重なる部分が出てくる。表現は違っても、同じことを指している言葉たち。そこが、その会社の「代替わりしても変わらない軸」だ。誰か一人が作った言葉ではなく、全員の中から掘り出された言葉だから、発表したときに「それ、うちだ」と受け止めてもらえる。
③「変わらない軸」を共有してから、「変えること」を発表する
軸が言葉になって初めて、後継者の新しい方針が意味を持つ。「この軸を守るために、やり方をこう変える」という文脈で語れるからだ。同じ変化でも、「壊される」ではなく「託された上で進化する」に変わる。
■ 承継は、社内最大のブランディング機会
こうして見ると、事業承継は会社にとって危機であると同時に、またとない機会でもある。
普段は忙しさに流されて誰も立ち止まらない「うちは何者か」という問いに、全員が向き合わざるを得ないタイミングだからだ。ここで言語化された軸は、承継を乗り切るためだけの言葉じゃない。採用でも、営業でも、次の10年の判断でも効き続ける。まさに、未来の経営資産になる。
社長交代は、いつか必ず来る。そのとき慌てて言葉を探すのか、いま元気なうちに言葉にしておくのか。差は、そこで生まれる。
COLORSDRIPでは、中小企業の思想・価値・目指す姿を言語化し、デザインによって“未来の経営資産”に変えるお手伝いをしています。「うちの承継、まだ言葉になっていないかもしれない」と思った方は、まず気軽に話を聞かせてください。→[HP相談フォーム/LINE]

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