二代目が社長になるのは、いつだろうか。
登記が変わった日。就任の挨拶をした日。先代が会長に退いた日。──形式の上では、どれも正解だ。でも、事業承継のブランディングに関わってきた僕の実感は、少し違う。
二代目が本当に社長になるのは、先代の言葉を“借りて”話すのをやめた日だ。
今日は、承継の当事者のなかで最後に書こうと決めていた人、後継者本人の話をしたい。
■「親父がよく言ってたんですが」
承継したばかりの後継者の話し方には、共通のクセがある。
「親父がよく言ってたんですが」「先代の方針で」「創業以来うちは」──主語が、いつも自分じゃない。
これを責めたいわけじゃない。むしろ承継の初期には必要な話し方だと思う。社員も取引先も、まだ先代の言葉で会社を理解している。そこにいきなり自分の言葉を持ち込めば、余計な摩擦を生む。先代の言葉を借りて話す期間は、いわば会社の共通言語を守るための助走だ。
問題は、その助走がいつまでも終わらないことだ。
借り物の言葉は、便利すぎる。判断に迷ったら「親父ならこうする」で決められる。社員に説明するときも「先代の方針だから」で通る。誰からも反対されない。でも、その言葉で語っているかぎり、社員から見えているのは「社長」ではなく「先代の代理人」だ。
そして代理人には、人はついてこない。ついていく先を決められないからだ。
■ 30秒の沈黙
ある承継案件で、後継者の方にお願いしたことがある。
「先代の言葉を一切使わずに、この会社を説明してみてください」
30秒、沈黙だった。
創業の経緯も、大事にしてきた価値観も、全部スラスラ話せる人だった。でもそれは全部、先代の言葉だった。借り物を封じられた途端、何も出てこなくなった。
本人がいちばん驚いていた。「僕、自分の言葉を一個も持ってなかったんですね」と。
でも僕は、この沈黙はすごく良い兆候だと思っている。借り物に気づけない人は、一生借り物で話し続ける。気づいた人だけが、そこから自分の言葉を作り始められる。
その人と僕がやったのは、シンプルな作業だ。先代の口癖を全部書き出して、一つずつ「あなた自身の実感で言い直すと?」と問い直していく。
「品質に妥協しない」という先代の言葉は、3回の対話を経て、「夜中に不安になって図面を見直す、あの感覚を全部の製品に通す」という言葉に変わった。意味はほぼ同じだ。でも、決定的に違うことが一つある。後者は、その人が自分の夜中の経験から掘り出した言葉だ。誰の借り物でもない。
3ヶ月後、その人は経営方針発表で自分の言葉で話した。ベテラン社員が後で漏らした一言を、僕は忘れられない。
「今日、代替わりしたんだなと思いました」
登記はとっくに変わっていた。でも社員にとっての承継は、その日に起きたのだ。
■ 理念を遺影にしない
誤解してほしくないのは、先代の言葉を捨てろという話ではないことだ。
先代の言葉には、その会社が何十年もかけて掴んできた哲学が詰まっている。それは間違いなく資産だ。でも、言葉は生ものだ。語る本人の実感から切り離された瞬間に、力を失い始める。
先代の言葉をそのまま額に入れて社訓として飾る。あれを僕は「理念の遺影化」と呼んでいる。誰も嘘だとは思っていない。でも、誰も自分の言葉だとも思っていない。朝礼で唱和はされるが、判断には使われない。そういう理念が、承継後の会社にはよくある。
必要なのは、保存ではなく翻訳だ。
先代の言葉の「意味」を受け取り、後継者の「実感」で言い直す。中身は引き継ぎながら、体温だけを入れ替える。この工程を経た理念は、額の中から降りてきて、もう一度現場の判断基準として働き始める。
僕がやっている承継のブランディングは、突き詰めればこの翻訳の伴走だ。ロゴやサイトのリニューアルは、翻訳が終わった後の話。新しい言葉が先にあって、それがいちばん伝わる形をあとから選ぶ。順番はいつも、中身が先だ。
■ 自分の言葉は、責任の証明
なぜ、ここまで「自分の言葉」にこだわるのか。
自分の言葉で語るというのは、間違えたときに言い訳できなくなるということだからだ。「先代の方針だから」と言っているうちは、失敗しても先代のせいにできる。「僕はこう考える」と言った瞬間から、結果は全部自分に返ってくる。
つまり、自分の言葉を持つことは、責任を引き受けることと同じなのだ。
社員はそれを敏感に感じ取る。だから、借り物の言葉で語る代理人にはついていかず、自分の言葉で語る社長にはついていく。承継で本当に引き継がれるのは、株でも登記でもなく、この「自分の言葉で語る責任」なのだと思う。
もしあなたが後継者で、「親父がよく言ってたんですが」が口癖になっているなら。一度、先代の言葉を全部封じて、自分の会社を説明してみてほしい。
沈黙したら、そこがスタート地点だ。
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