本当の納品は、半年後にやってくる ― 言葉が“使われ始めた日”の話
納品の日というのは、儀式めいたところがある。
最終データを渡し、確認してもらい、請求書を送る。「長い間ありがとうございました」と頭を下げ合って、プロジェクトはひと区切りつく。世間的には、ここがゴールだ。制作会社の実績ページに載るのも、この日の成果物だ。
でも僕は、この日をゴールだと思ったことが、一度もない。
僕にとって納品日は、折り返し地点だ。本当の納品は、もっとあとに、思いがけない形でやってくる。
◇
去年、ある設備工事の会社の仕事をした。社員30人ほど、創業25年。依頼は「ホームページを新しくしたい」だったけれど、いつものように、まず社長の話を半日聞いた。
掘っていくと、この会社の芯は「段取り」にあった。現場が荒れるのも、事故が起きるのも、若手が疲弊するのも、元をたどればほとんど段取りの問題で、この会社は見えないところの段取りに、異常なほど手をかけていた。前日の資材確認、他業者との調整、現場ごとの動線の設計。社長いわく「うちは腕で勝ってるんじゃなくて、準備で勝ってる」。
その芯を、「段取りが、現場を守る」という言葉にした。サイトの看板に据え、会社案内の軸にして、納品した。
納品の日、社長は「いい言葉ですね」と言ってくれた。ただ、正直に言えば、反応は薄めだった。データを渡し、請求書を送り、プロジェクトは静かに終わった。ああいう終わり方をすると、作り手としては少し不安になる。あの言葉は、ちゃんと生きていけるだろうか、と。
半年後、別件の相談で会社に寄ったとき、たまたま朝礼を見せてもらった。若手の職人が現場報告のあとに、こう言った。
「今日は搬入が二件重なるんで、段取りで守ります」
誰も、特別なことを言った顔をしていなかった。「段取りで守る」は、もう社内の日常語になっていた。あとで社長が教えてくれた。最初の1ヶ月は自分だけが意識して朝礼で使っていたら、ベテランの職長が見積もりの場で真似をし始め、そこから現場に降りていったのだと。
「あの言葉、もう僕のものじゃなくなりましたよ」
社長はそう言って笑った。僕はこの日を、この仕事の本当の納品日だと思っている。
◇
なぜ、渡した日ではなく、使われ始めた日なのか。
理念やコンセプトの言葉は、渡された瞬間には、まだただの文字列だからだ。どれだけ的確に掘り当てた言葉でも、サイトに載っているだけ、額に入って会議室に飾られているだけなら、それは在庫と同じで、何も生んでいない。
実際、立派な理念ほど額に入りやすく、額に入った瞬間に読まれなくなる。社訓を毎日見ているのに一字も思い出せない、という経験は、多くの人にあると思う。掲げられた言葉は風景になる。使われる言葉だけが、生き残る。
だから僕は、言葉が“使われる”ところまでを、仕事の範囲だと考えている。具体的には、納品のときにデータと一緒に、小さな宿題を渡す。「この言葉を、来週の朝礼で一度だけ、社長の口から使ってみてください」。
一度でいい。ただし、資料の朗読ではなく、その日の具体的な仕事に載せて使ってもらう。「今日の現場は初めての元請けさんだから、段取りで守っていこう」のように。言葉が日常の判断に一度でも接続されると、社員は「ああ、あの言葉はこう使うのか」と分かる。使い方が分かった言葉は、真似される。真似された言葉は、広がる。
逆に、この最初のひと声がないと、言葉は額の中で干からびていく。作った側の僕がどれだけ気に入っていても、関係ない。言葉の生死を分けるのは、出来の良し悪しよりも、最初に社長が使うかどうかだ。
◇
この考え方は、僕が自分の仕事を「未来の経営資産をつくること」と呼んでいることと、まっすぐつながっている。
資産というのは、持っているだけでは意味がなくて、働かせて初めて利回りを生む。土地も設備もそうであるように、言葉やデザインもそうだ。朝礼で使われる理念は、新人教育の道具になり、営業の説明になり、迷ったときの判断基準になる。一つの言葉が、社内のあちこちで同時に働く。これが、言葉の利回りだ。
そして面白いことに、言葉は使われるほど、作った人間の手を離れていく。あの設備工事の会社で「段取りで守ります」と言った若手は、僕のことを知らない。それでいい。むしろ、それがいい。言葉が誰のものでもなくなって、会社のものになった状態こそ、資産になったという証拠だから。
納品書の日付は、僕の仕事が終わった日ではなく、その会社で言葉が働き始める最初の日だ。だから僕は、納品から数ヶ月経ったクライアントに「あの言葉、最近どこで使われていますか」と聞く。使われていなければ、それは僕の設計の宿題が残っているということ。使われていれば、そこが本当の納品日だ。
もしあなたの会社に、額に入ったまま誰も口にしなくなった言葉があるなら、それは言葉が悪いのではなくて、まだ一度も“日常の仕事に載せて”使われていないだけかもしれない。明日の朝礼で、一度だけ使ってみてほしい。言葉は、掲げるものではなく、使うものだ。
COLORSDRIPでは、中小企業の思想・価値・目指す姿を言語化し、デザインによって“未来の経営資産”に変えるお手伝いをしています。「うちにも、額に入ったままの言葉がある」と思い当たった方は、まず気軽に話を聞かせてください。→[HP相談フォーム/LINE]

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