「その商品名、社長しか呼んでいない ― “名前”は毎日使われる、最小の経営資産だ」

「その商品名、社長しか呼んでいない ― “名前”は毎日使われる、最小の経営資産だ」

Kenta Torii

Knowledge

僕がデザインの仕事で「名前」を疑うようになったのは、ある会社の商品カタログを作り直したときだった。

制作の前に、いつものように社員のみなさんへ話を聞いて回った。主力商品について尋ねていくうちに、妙なことに気づいた。同じ商品なのに、呼び方が人によって違うのだ。営業は型番で呼ぶ。製造は現場で生まれた通称で呼ぶ。入社2年目の若手にいたっては「例のアレ」で通している。カタログに載っている正式な商品名を日常的に使っていたのは、名付け親である社長、ただ一人だった。

笑い話のように聞こえるかもしれない。でも僕は、これはかなり根の深い話だと思っている。

■ 名前は、いちばん使用回数の多いデザイン

ロゴを社員が目にするのは、1日に数回だろう。でも名前は違う。電話で名乗り、メールに書き、朝礼で口にし、商談で説明する。社名や商品名は、1日に何十回も使われる。つまり名前は、その会社にとって最小にして最頻出のデザインだ。

ここが機能していない会社は、いくらロゴを磨いても、パンフレットを刷新しても、伝達の土台が抜けたままになる。器だけ新しくして、毎日使う言葉が「例のアレ」のままなら、社外に届くはずがない。

じゃあ、「機能している名前」とは何か。僕は、呼ばれている名前だと思っている。

正式名称があるのに誰も呼んでいないなら、その名前は実質、存在していないのと同じだ。人は呼びにくい名前を勝手に短くするし、別のあだ名をつける。それ自体は自然なことで、責めても仕方がない。問題は、そのあだ名が意味を運ばないときだ。「例のアレ」には、商品への誇りも、開発のこだわりも、何ひとつ乗らない。名前が意味を運ばないと、その商品の価値は、毎回ゼロから説明し直すしかなくなる。

逆に、いい名前は説明を先回りしてくれる。名前を聞いただけで「何の会社か」「何が良さそうか」の輪郭が立ち上がる。営業トークの最初の30秒を、名前が肩代わりしてくれる。

■ 名前の最終試験は、会議室では行われない

僕が商品やサービスの名前づくりを手伝うとき、最初にやるのは候補出しではない。お客さんの“口コミの一文”を書くことだ。

「あそこの◯◯、良かったよ」

この◯◯の位置に、すっと収まるかどうか。名前の最終試験は、会議室のホワイトボードの上ではなく、お客さん同士の雑談の中で行われる。だから、発音しにくい名前、長すぎる名前、身内にしか意味が通じない名前は、この時点で落ちる。どんなに由緒があっても、口コミの文に混ざれない名前は、口コミの機会をそれだけ失っている。

もうひとつ、僕が名前に求めるのは「判断基準になるか」だ。

いい名前には、その会社の譲れない一線が埋まっている。だから新しい施策を考えるとき、「それは、この名前にふさわしいか?」という問いが立てられる。名前が判断基準として働き始めると、社内の迷いが減る。これはロゴやスローガンと同じで、名前もまた“会社の判断基準をつくる”仕事の一部なのだ。

■ それでも、名前は「ほとんど変えなくていい」

ここまで読むと、「うちの名前はダメだから変えるべきか」と思われるかもしれない。僕の答えは、ほとんどの場合、変えなくていい、だ。

長く使われてきた名前には、目に見えない資産が積もっている。取引先の記憶。検索の蓄積。請求書や看板に刻まれてきた年月。社員の、口には出さない愛着。改名はそれを一度手放す行為で、得るものが失うものを上回るケースは、実はそう多くない。変えるのは最後の手段でいい。

先にやるべきは、今の名前に“意味を取り戻す”ことだ。

なぜこの名前なのか。誰が、いつ、どんな想いでつけたのか。それを言葉にして、社員が語れる状態にする。たったこれだけで、同じ名前がまるで違う働きをし始める。

冒頭の会社では、結局、商品名は一文字も変えなかった。代わりに、社長がその名前をつけた理由──創業のころのある出来事に由来していた──を聞き出して、1ページの短い物語にまとめ、カタログのいちばん最初に置いた。デザインより先に、名前の意味を復元したわけだ。

半年後、あの「例のアレ」と呼んでいた若手が、商談で「この名前には由来がありまして」と自分から話している、と社長から聞いた。名前が“呼ばれる”ようになり、“語られる”ようになった瞬間だと思う。

■ まず、呼ばれ方を観察することから

名前は、最小の経営資産だ。毎日何十回も使われ、口コミに乗って社外へ運ばれ、使われるたびに意味が積み上がっていく。しかも、ロゴやサイトと違って、メンテナンスにお金はほとんどかからない。意味を掘り起こして、共有するだけでいい。

もしあなたの会社の主力商品が、社内で「例のアレ」と呼ばれていたら。あるいは社名の由来を、社員の誰も答えられなかったら。それはデザイン以前に、掘り起こすべき資産が眠っているサインだ。

新しいロゴの前に、まず、いまある名前の意味から。順番は、いつだって中身が先だ。

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デジタル領域が得意なデザイナー。日頃から海外のトレンド情報や最新技術をインプットし、お客さまに価値を届けます。

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