「会社を継ぐとは、言葉を継ぐことだ ― 事業承継で本当に引き継ぐべき“見えない資産”の話」

「会社を継ぐとは、言葉を継ぐことだ ― 事業承継で本当に引き継ぐべき“見えない資産”の話」

Kenta Torii

Knowledge

「先代が元気なうちに、ホームページを新しくしておきたいんです」

事業承継を控えた二代目からの相談は、たいていこんな一言から始まる。でも話を聞いていくと、本当の相談はホームページの話ではない。ほぼ例外なく、こうだ。

「親父が築いてきたものを、どう引き継げばいいのか分からない」

株の移転や税金は、税理士さんが設計してくれる。登記も手続きも、専門家がいる。ところが、いちばん大事な資産の引き継ぎだけは、誰も担当してくれない。先代個人に紐づいた信頼だ。

「あの社長が言うなら間違いない」で回ってきた注文。「あそこは無理を聞いてくれる」という評判。「うちはこれだけは譲らない」という一線。会社が何十年もかけて積み上げてきた本当の資産は、決算書のどこにも載っていない。そして厄介なことに、そのほとんどが言葉になっていない。先代の頭の中と、長年の取引先の記憶の中にだけある。

言葉になっていない資産は、引き継げない。

僕は事業承継の場面にデザインの仕事で関わることがあるけれど、やることの本質はいつも同じだ。先代の頭の中にしかない信頼の正体を言葉にして、個人の属人的な資産から、会社の資産へ翻訳すること。これを僕は、承継期のブランディングと呼んでいる。

この仕事をするとき、僕は必ず四つの立場から会社を見る。

一つ目は、先代の視点。

先代に「何を残したいですか」と聞くと、多くの場合「今のまま守ってほしい」と返ってくる。でも、守ることと凍結することは違う。先代がやってきたことをよく聞くと、実は変化の連続だったりする。時代に合わせて商品を変え、取引先を変え、やり方を変えてきた。変えなかったのは、もっと深いところにある判断基準のほうだ。「守ってほしい」の中身を、表面のやり方ではなく判断基準の層で言葉にできると、後継者は初めて「変えていいもの」と「変えてはいけないもの」を自分で見分けられるようになる。

二つ目は、お客さんの視点。

代替わりの挨拶状には、決まってこう書いてある。「これまで通り、変わらぬお付き合いを」。でも受け取った側は、その一文を信じて安心するわけではない。先代個人を信頼してきたお客さんにとって、代替わりは「信頼の根拠が消える」出来事だ。だから必要なのは「変わりません」という約束の言葉ではなく、変わらない理由の提示だと僕は思う。先代の仕事の流儀が、個人技ではなく会社の仕組みと思想として言葉になっていること。それが見えて初めて、お客さんは新しい体制に信頼を置き直せる。

三つ目は、社員の視点。

承継でいちばん静かに揺れているのは、実は社員だ。社長が代わる。方針は変わるのか。自分の居場所は残るのか。口には出さないけれど、全員が考えている。このとき後継者が最初に語るべきは、新しいビジョンではない。「何が変わらないか」だ。この会社が何を大事にしてきて、それはこれからも変わらない、という土台を先に言葉で示す。変化の話は、その土台の上でしか安心して聞いてもらえない。

四つ目は、後継者本人の視点。

後継者が本当に社長になるのは、登記が変わった日ではない。借り物ではない自分の言葉で「うちはこういう会社だ」と語れるようになった日だと、僕は思っている。先代の言葉をそのまま暗唱している間は、社員もお客さんも、その言葉の向こうに先代の顔を見ている。先代から受け取ったものを一度自分の中に通して、自分の言葉で言い直す。この工程を経た言葉だけが、次の時代の求心力になる。

四つの視点は、バラバラのようでいて、実は同じ一つのことを指している。

先代個人に宿っていた信頼を、言葉にして、会社という器に移し替えること。

ロゴやホームページのリニューアルは、その翻訳の最後に来る「見えるかたち」にすぎない。順番が逆になってはいけない。代替わりを機に見た目だけ新しくした会社は、お客さんから見ると「知っている会社が、知らない会社になった」ようにしか映らない。先に中身の言語化があり、その中身がいちばん伝わるかたちを、あとから選ぶ。

株は一日で移せる。信頼は一日では移せない。

だからこそ、承継の準備は先代が現役のうちに始めるほど効く。頭の中がまだ聞ける状態のうちに、なぜ始めたのか、何を守ってきたのか、どこは変えていいのかを言葉にしておく。それは節税と同じくらい、いや、次の10年の経営を考えるなら、それ以上に実利のある準備だと僕は考えている。

そしてこれは、承継のためだけの仕事でもない。自分の会社が何者かを自分の言葉で語れる経営者は、強い。その言葉は社員の誇りになり、誇りを持って働く大人の姿は、家族にも、次の世代にも伝わっていく。僕がこの仕事をしているのは、結局のところ、そうやってワクワクして働く大人を増やしたいからだ。

会社を継ぐとは、言葉を継ぐことだ。
そして言葉は、継がれる前に、まず掘り当てられなければならない。

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デジタル領域が得意なデザイナー。日頃から海外のトレンド情報や最新技術をインプットし、お客さまに価値を届けます。

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