「額に入った経営理念は、なぜ会社を動かさないのか ― “飾る言葉”を“使う言葉”に翻訳する3つの工程」

「額に入った経営理念は、なぜ会社を動かさないのか ― “飾る言葉”を“使う言葉”に翻訳する3つの工程」

Kenta Torii

Knowledge

「うちにも経営理念はあるんですけどね」

この「ね」の中に、いろんなものが詰まっている。あるにはある。壁に飾ってある。ホームページの会社概要にも載っている。でも、機能している実感がない。──中小企業の社長と話していると、この感覚に本当によく出会う。

先に僕の結論を言うと、理念が機能しない原因は、言葉の出来の悪さではないことがほとんどだ。原因は、理念が「飾る言葉」のまま止まっていて、「使う言葉」に翻訳されていないこと。今日はこの翻訳の工程を、実際の現場の話と一緒に書いてみたい。

■ 額の中の理念は、なぜ読まれなくなるのか

ある製造業の会社で、こんなことがあった。会議室に毛筆の立派な額縁。創業時に先代が掲げた経営理念だ。ヒアリングの途中、社長に「読み上げてもらえますか」とお願いしたら、途中で詰まった。毎日その額の下で会議をしているのに。

笑い話みたいだけど、僕はこれを社長の怠慢だとは思わない。構造の問題だと思っている。

理念が読まれなくなる理由は、シンプルだ。日々の判断に接続されていないから。人は「使わない言葉」を覚えていられない。電話番号と同じで、どれだけ大事でも、使う場面がなければ記憶からも意識からも消えていく。

つまり「理念が浸透しない」と嘆く前に、確認すべきことがある。その理念、そもそも“使う場面”が設計されているか?

■ 理念には二種類ある

僕は理念を「飾る言葉」と「使う言葉」に分けて考えている。

飾る言葉は、立派で、抽象的で、どの会社が掲げても成立する。「誠実」「挑戦」「感謝」。悪い言葉じゃない。ただ、月曜の朝に社員が迷ったとき、この言葉は判断を助けてくれない。「誠実に、っていうのは、この場合AとBどっちなんだ?」に答えられないからだ。

使う言葉は、その逆だ。具体的で、時に不格好で、その会社でしか通用しない。さっきの製造業の会社なら、現場の職人さんが検品のときに口にしていた「うちのはウチの名前で出てくもんだから」。これは額には入っていなかった。でも、出荷基準という日々の判断に、毎日使われていた。

理念が機能している会社とは、立派な言葉を掲げている会社ではなく、現場の判断と言葉が一致している会社のことだと思う。

■ 翻訳の工程は、3つ

では、飾る言葉を使う言葉にどう翻訳するか。僕が実際にやっている工程は3つだ。

【工程1:エピソードを採集する】
まず、理念の条文を一旦脇に置いて、社長と社員に2つの質問をする。「この会社らしさが守られた瞬間は?」「破られそうになって、踏みとどまった瞬間は?」。ここで出てくるエピソードが、理念の原石になる。逆に、どの条文についてもエピソードがひとつも出てこないなら、その条文は“借り物”の可能性が高い。削る候補だ。

【工程2:判断基準の形に言い換える】
集めたエピソードから、共通する判断のクセを抽出して、「迷ったときに答えを出せる形」に言い換える。ポイントは、標語ではなく基準にすること。「品質第一」は標語。「注文された基準より、一段厳しく」は基準。前者は飾れるが使えない。後者は飾りにくいが、新人でも明日から使える。

【工程3:使う場面を設計する】
言葉ができたら、必ず“使う場面”とセットで納品する。朝礼で唱和するためじゃない。見積もりを出すか迷ったとき、クレーム対応の方針を決めるとき、採用面接で人を見るとき──具体的な判断の場面に、その言葉を紐づける。さっきの製造業の会社では、「注文された基準より、一段厳しく」を出荷判定のチェック項目の一番上に置き、さらに見積もりの断り文句にも使うことにした。「この価格ではウチの基準を守れないので、お受けできません」。理念が、値決めの根拠にまでなった。ここまでやって、理念は初めて「壁の飾り」から「経営の道具」になる。

■ よくある失敗:翻訳を“多数決”でやってしまう

ひとつ注意点を。この翻訳の工程を「社員みんなでワークショップをして、多数決で決めましょう」とやると、たいてい失敗する。全員が賛成できる言葉は、角が取れて、また「飾る言葉」に戻ってしまうからだ。

エピソードの採集は全員でやっていい。むしろ全員でやるべきだ。でも、最後に言葉を選び取るのは経営者の仕事だと僕は思っている。理念とは「うちはこれを優先し、代わりにこれを諦める」という宣言であって、宣言には責任を取る人の署名が要る。全員の意見の平均値に、署名はできない。

■ 承継の場面で、理念は試される

余談だが、この「飾る言葉と使う言葉のズレ」がいちばん表面化するのが、事業承継のタイミングだ。先代の理念を額ごと引き継いだ二代目が、「この言葉で判断しろと言われても」と立ち往生する。昨日公開したnoteで詳しく書いたけれど、会社を継ぐとは額を継ぐことではなく、判断基準を継ぐことだと僕は思っている。

■ 理念は、コストではなく資産

理念の言語化にお金と時間をかけるというと、「うちみたいな規模で、そんな贅沢は」と言われることがある。でも考えてみてほしい。判断基準が言葉になっていれば、社長がいちいち答えなくても、社員が自分で判断できるようになる。教育の時間が減り、判断のスピードが上がり、採用のミスマッチも減る。社長が現場にいなくても、会社が「社長ならこう判断する」を再現できるようになる。これは何年も効き続ける仕組みであって、経費ではなく、未来の経営資産だ。

しかも、この資産の原材料は外から買ってくるものではない。現場に、もう転がっている。職人さんの口癖、ベテラン社員の手順、断ってきた仕事の共通点。翻訳を待っているだけだ。

あなたの会社の壁の言葉と、現場の判断基準は、一致しているだろうか。もしズレている気がするなら、直すべきは現場ではなく、言葉のほうかもしれない。

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デジタル領域が得意なデザイナー。日頃から海外のトレンド情報や最新技術をインプットし、お客さまに価値を届けます。

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