「ターゲットを絞りましょう」
この一言ほど、社長の顔を曇らせる言葉を、僕はあまり知らない。
ブランドづくりのご相談で、僕はほぼ毎回この話をする。そして、ほぼ毎回同じ反応が返ってくる。「絞ったら、それ以外のお客さんが逃げてしまうんじゃないですか」。中には、はっきりこう言った方もいた。「うちみたいな会社が、お客さんを選ぶなんておこがましい」。
気持ちは、痛いほど分かる。中小企業にとって、仕事は一件でも多く欲しい。目の前の売上を自分から手放すように見える提案を、簡単に飲めるはずがない。だから今日は、「なぜ絞ったほうが届くのか」と、「怖くない絞り方の手順」を、実際の例と一緒に書いてみたい。
■「みんなへ」の手紙は、誰も読まない
まず、絞らないとどうなるか。
「幅広いお客様に対応します」「どんなご要望にもお応えします」。中小企業のHPやパンフレットには、かなりの確率でこの種の言葉が入っている。書いた側の意図は「間口を広げたい」。でも読み手に起きていることは、その逆だ。
人は「みんなへ」と書かれた手紙を読まない。「あなたへ」と書かれた手紙だけを、自分ごととして読む。
「誰にでも対応します」は、翻訳すると「あなたのために特別に考えたことは、何もありません」に近い。間口を広げたつもりの言葉が、実は誰の心にも引っかからない言葉になっている。7月に書いた「全員がそこそこのデザインは誰の心も動かさない」という話と、構造はまったく同じだ。市場に向けても、全員に好かれようとした瞬間、誰にも選ばれなくなる。
■ 絞るのが怖いのは、「未来を空想している」から
では、なぜ絞るのがあんなに怖いのか。
僕の観察では、多くの社長が「絞る」を「これから出会う未来のお客さんを、予測して選別すること」だと思っている。未来は不確実だから、賭けに見える。外したら売上が消えるように感じる。怖いのは当然だ。
でも、絞るための材料は、未来にはない。過去にある。
その会社は、すでに何年も、何十年も商売をしてきた。つまり「どんなお客さんと組んだときに、いい仕事ができたか」というデータを、山ほど持っている。絞るとは、空想で未来を選ぶことではなく、すでに起きた事実から共通点を掘り当てることだ。そう捉え直した瞬間、怖さはかなり減る。
■ 手順:過去客10人法
僕が現場でやってもらう手順は、拍子抜けするほど簡単だ。紙1枚でできる。
まず、過去のお客さんを10人(10社)書き出す。直近からさかのぼるだけでいい。次に、その中で「また一緒に仕事がしたい」と心から思える相手に丸をつける。利益が出たかだけでなく、「仕事が楽しかったか」「自分たちの強みが活きたか」も込みで考える。
最後に、丸がついた相手の共通点を探す。業種、規模、困っていたこと、決断のしかた、こちらへの頼り方。ここに浮かび上がった共通点が、その会社の「本当のターゲット」だ。理想の顧客像をゼロから空想するより、ずっと正確で、ずっと納得感がある。なにしろ全部、実話なのだ。
■ 事例:設備会社の場合
以前ご一緒した設備会社の社長も、最初は「絞るなんてとんでもない」派だった。それでもこのリストを一緒に作ったら、丸がついたお客さんの共通点は驚くほどはっきりしていた。
「築30年を超えた工場を、生産を止めずに直したいと考えている会社」。
社長自身が「言われてみれば、うちが感謝されるのは全部この仕事だ」と笑っていた。HPの言葉を「あらゆる設備工事に対応」から、この一点に向けて書き直した。
結果はどうなったか。問い合わせの「数」は、実は大きくは変わっていない。変わったのは「中身」だ。「HPを見て、うちのことだと思った」と言って連絡が来る。話が早い。値引きの話から始まらない。そして面白いことに、工場以外の案件も減らなかった。「あそこは止めずに直せる技術がある」という評判が、旗を見た人づてに、想定外のお客さんを連れてきたからだ。
絞った旗は、旗の外側にも届く。「誰にでも」は誰にも届かないのに、「あなたへ」は、あなた以外にも届く。ここが、この話のいちばん不思議で、いちばん面白いところだと思う。
■ 絞るとは、旗を立てること
まとめると、こうなる。
絞るとは、お客さんを捨てることではない。「誰に一番深く刺さりたいか」を決めて、そこに旗を立てることだ。そしてその旗のありかは、未来の空想の中ではなく、過去の顧客リストの中にすでにある。
もしあなたが「絞るのが怖い」と感じているなら、まず紙を1枚出して、過去のお客さんを10人書き出すところから始めてみてほしい。丸をつけて、共通点を眺める。それだけで、あなたの会社の旗の輪郭は、思っているよりはっきり見えてくるはずだ。
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