「ブランディングをすると、何が増えるんですか」
初回の打ち合わせで、そう聞かれることがある。ロゴが新しくなって、サイトができて、パンフレットが揃って──と、成果物のリストを期待されての質問だと思う。
でも僕は最近、こう答えるようにしている。
「増えるものより、減るものの方が大事です」と。
◆ 足し算の誘惑
中小企業の経営は、放っておくと足し算になる。
売上が不安だから、新しいサービスを足す。問い合わせが欲しいから、SNSのアカウントを足す。展示会で配るものが必要だから、チラシを足す。付き合いで頼まれたから、本業じゃない仕事を足す。
一つひとつは、その時々の正解だったはずだ。誰も間違ったことはしていない。
ただ、10年分の“その時々の正解”が積み重なると、会社の輪郭はぼやけていく。サービス一覧は長くなり、チラシは10種類になり、サイトには「あれもできます、これもできます」が並ぶ。そして社長自身が、「うちの会社って、結局何屋なんだろう」と、ふと分からなくなる。
僕のところに相談に来る会社の多くが、この状態だ。足りないから伝わらないのではない。多すぎて、伝わらない。
◆ 軸が言葉になると、捨てられるようになる
僕の仕事は、その会社の思想──なぜ始めたのか、何を譲れないのか、どこへ行きたいのか──を言葉にすることから始まる。
そして面白いことに、軸が言葉になった会社では、ほぼ例外なく同じことが起きる。
何かが増えるより先に、何かが減るのだ。
ある会社では、コンセプトが決まった翌月、10種類あったチラシが2種類になった。デザインを整理したからではない。「うちが本当に届けたい相手には、この2枚で足りる」と、社長が判断できるようになったからだ。
別の会社では、何年も続けていた安売りの企画をやめた。僕が「やめましょう」と言ったわけじゃない。言語化された自社の価値を眺めながら、社長が自分で「あれは、うちの価値と逆のことをしていた」と気づいた。
軸とは、判断基準のことだ。「これはうちらしいか?」という問いに、一瞬で答えられるようになること。すると、惰性で続けていたもの、不安だから足していたものが、自然と剥がれ落ちていく。
ブランドづくりの正体は、足し算ではない。引き算が“できるようになる”ことだ。
◆ 捨てるのが怖いのは、基準がないから
「でも、やめるのは怖い」──そう思うのが普通だと思う。
安売り企画をやめたら、客が離れるかもしれない。チラシを減らしたら、機会を逃すかもしれない。付き合い仕事を断ったら、関係が壊れるかもしれない。
その怖さの正体を、僕はこう考えている。怖いのは「捨てること」そのものではなく、「捨てていい理由を持っていないこと」だ。
基準がないまま捨てるのは、ただのギャンブルだ。だから怖い。でも、「うちは誰に、何を届ける会社か」が言葉になっていれば、捨てる判断には根拠がある。根拠のある引き算は、怖さより先に、身軽さがくる。
実際、先の2社はどちらも、やめたあとに売上を落としていない。むしろ、残した仕事の密度が上がって、紹介と単価が伸びた。全部に薄く力を配るのをやめて、届けるべき相手に濃く届くようになったからだ。
◆ 「減った迷い」で測る
だから僕は、ブランドづくりの成果を、納品物の数では測らないことにしている。
測るのは、「減った迷い」だ。
見積もりを出すとき、値引きするか迷わなくなった。新しい話が来たとき、受けるか断るか迷わなくなった。チラシを作るとき、何を載せるかで会議が紛糾しなくなった。──そういう報告を聞いたとき、僕は「ああ、ブランドが機能し始めたな」と思う。
迷いが減った分の時間とエネルギーは、本当にやるべき仕事に流れ込む。社員は「うちはこれをやる会社だ」と言えるようになり、仕事の背筋が伸びる。僕が最終的に見たいのは、その状態だ。ワクワクして働く大人は、やることが多い会社ではなく、やることが明確な会社から生まれる。
もしあなたの会社に、「不安だから続けているだけのこと」があるなら。それを捨てられないのは、意志が弱いからではなく、まだ判断基準が言葉になっていないだけかもしれない。
何をやるかは、そのあとでいい。
まず、「何をやめるか」を決められる会社になること。
ブランドは、そこから強くなっていく。
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