「うちは、何でもできますから」
初対面の社長から、この言葉を聞かない月はない。設備がある。技術がある。長年の経験もある。だから頼まれれば、大抵のことに応えられる。それは事実だし、誇っていいことだと思う。
でも、「何でもできます」は、聞いた人の頭に何の絵も浮かばせない。
想像してみてほしい。「何でも作れる工務店」と、「築40年の家の寒さを直す工務店」。腕が同じだとして、冬の寒さに悩む人が電話をかけるのは、どちらだろうか。
伝わる会社と伝わらない会社の差は、能力の差じゃない。輪郭の差だ。そして会社の輪郭は、足したものではなく、捨てたものの形で決まる。
■ 足し算には、歴史がある
先に言っておきたいのは、僕は「足し算をしてきた会社」を責めたいわけではない、ということだ。
中小企業が事業やサービスを増やしてきたのには、必ず理由がある。取引先に頼まれて断れなかった。売上の穴を埋めるために始めた。社員の雇用を守るために、仕事を選べなかった。──どれも、その時々の経営判断として正しかったはずだ。足し算の数だけ、会社が生き延びてきた歴史がある。
問題は、足し算を続けた結果、「うちは何の会社か」を一文で言えなくなることだ。
事業が10あると、ホームページには10の説明が並ぶ。パンフレットには10の写真が載る。営業トークは「あれもこれもできます」になる。そして、聞き手の記憶には何ひとつ残らない。
■ 創業40年の会社が、3つの事業をやめた話
少し前に、創業40年になる製造業の会社を手伝った。事業は大小合わせて8つ。社長の悩みは「採用で人が来ない」だったが、話を聞くほど、原因は求人票の書き方ではない気がした。8つの顔を持つ会社は、応募者から見ても「何の会社か分からない会社」だったからだ。
僕がやったのは、8つの事業を全部書き出して、社長と一緒に2つの質問を通すことだった。
「この仕事は、10年後もうちがやっているべき仕事ですか」
「この仕事をしているとき、社員は誇らしそうですか」
半日かけて全部を眺めた結果、社長は3つの事業を「畳む・縮める」と決めた。数字だけ見れば、売上は減る決断だ。正直、僕も提案しながら胃が痛かった。
でも、残った5つ──特に中核の2つに絞って会社の言葉を作り直したら、変化は採用から始まった。「◯◯といえばこの会社」と書ける求人票になったからだ。後日、「御社の△△の仕事がしたくて」と言って面接に来る応募者が現れた、と社長から聞いた。
やめることを決めた分だけ、残ったものの輪郭が濃くなる。ブランドづくりの正体は、これだと思っている。
■ 引き算がこわいのは、当たり前
「絞ったら、今の客を失うんじゃないか」
引き算の話をすると、必ずこの不安が出てくる。当然だと思う。捨てる痛みは今日の現実で、集中の果実は未来にしかないからだ。
だから僕は、いきなり事業を切る提案はしない。先に勧めるのは、もっと小さな引き算だ。
・「言わないこと」を決める。全部を語らず、主役を1つにする。
・「追わない客」を決める。安さだけで選ぶ相手には、選ばれなくていい。
・「使わない言葉」を決める。「何でも」「幅広く」「柔軟に」を、いったん封印する。
これだけでも、発信と営業の伝わり方は変わる。そして面白いことに、「言わないこと」を決められた会社は、時間をかけて「やらないこと」も決められるようになっていく。言葉の引き算は、経営の引き算の練習になる。
■ 引き算の基準は、思想にしかない
最後に、いちばん大事なことを。
何を捨てるかは、テクニックでは決められない。「儲かるかどうか」だけで切ると、会社の背骨まで一緒に切ってしまうことがあるからだ。
基準になるのは、結局、思想だ。なぜこの会社を始めたのか。何があっても続けてきた理由は何か。本当はどこへ行きたいのか。──この軸が言葉になっていれば、目の前の事業を「軸に近い、軸から遠い」と並べることができる。引き算は、軸があって初めて安全にできる。
だから僕の仕事は、ロゴやサイトを作る前に、この軸を社長と一緒に言葉にすることから始まる。引き算の刃物を渡す前に、まな板を用意する仕事、と言ってもいい。
会社の価値は、足した量では伝わらない。
残すと決めたものの濃さで、伝わる。
もしあなたの会社が「何でもできるのに、選ばれない」と感じているなら、足りないのは新しい何かではなく、やめる決断のほうかもしれない。
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