値引きで取った仕事は、値引きで逃げていく。
これは、きれいごととして言っているんじゃない。僕自身が、安さで会社を少しずつ削っていた時期があって、その痛みから学んだことだ。今日は、あまり格好よくない話をする。
独立して間もない頃、僕はとにかく仕事がほしかった。実績も少ない、名前も知られていない。そういう時に、目の前で見積もりに渋い顔をされると、心臓がぎゅっとなる。「この一件を逃したら、次はいつ来るかわからない」。そう思うと、口が勝手に動く。「……少し、勉強させてもらいます」。
そうやって値段を下げると、その場はうまくいく。相手はうれしそうだし、契約も決まる。自分でも「いい人だと思われた」気がして、少しほっとする。だから僕は、何度もそれをやった。相見積もりで負けそうになると下げる。追加の要望が出ても「まあ、これくらいは」と飲む。安さで、関係をつないでいた。
問題は、そのあとに起きた。
値引きで受けた仕事は、なぜか、いつも苦しかった。金額が下がっているぶん、数をこなさないと食べていけない。だから一件にかけられる時間が減る。時間が減ると、いちばん時間のかかる工程――社長の話を聞いて、その会社が本当は何者なのかを掘り当てる工程――から削れていく。結果、僕がいちばん価値だと思っていた「言葉にする仕事」を飛ばして、きれいな形だけを納品するようになっていた。
そして、そういう仕事のお客さんは、長く続かなかった。当たり前だ。僕は「安いから選ばれた」のだから、もっと安い相手が現れれば、そちらに移る。理由もなく、あっさりと。僕自身が、自分を「安さ」で売った結果、「安さ」でしか比べてもらえない場所に立っていた。値引きは、次の値引きを呼ぶ。安さで始まった関係は、安さで終わっていく。これを、僕は身をもって知った。
転機は、ある社長との仕事だった。
その人は、見積もりを見ても値段の話を一切しなかった。代わりに、こう聞いてきた。「この金額で、あなたはうちの何を変えてくれるんですか」。僕は、うまく答えられなかった。金額の裏にどんな手間があって、どんな判断をしていて、なぜその値段なのか――自分でも、言葉にできていなかったのだ。値段を下げることばかり考えて、値段の“理由”を語る準備を、まったくしていなかった。
その日から、僕はやり方を変えた。
見積もりを出す前に、必ず一枚の紙を用意するようにした。そこに、「この金額の裏に、どんな工程と、どんな判断があるか」を、自分の言葉で書き出す。社長の話を何時間も聞くこと。その会社にしか言えない一線を掘り当てること。それをロゴやサイトに翻訳すること。ひとつひとつに、なぜ時間がかかるのか、なぜそこにお金を払う価値があるのかを、言葉にしておく。
そうすると、商談の風景が変わった。お客さんの問いが、「高いか、安いか」から「何に払うのか」に変わったのだ。値段は同じでも、意味が変わると、人は納得する。そして、意味に納得して選んでくれた人は、簡単には離れない。もっと安い相手が現れても、「いや、うちが払っているのはそこじゃないから」と言ってくれる。値段ではなく、理由でつながった関係は、強い。
この経験から、僕は「値引き」と「値決め」は、まったく別のものだと考えるようになった。
値引きは、相手の顔色を見て、その場で値段を下げること。自分の価値を、相手の予算に合わせて削る行為だ。一方の値決めは、「なぜこの値段なのか」を自分の側で言葉にしておくこと。価値を先に定義して、そこに値段を後からつける行為だ。順番が、まるで逆なんだ。形が先じゃなく中身が先、というのと、まったく同じ話だった。
そして、これは僕みたいな一人の仕事だけの話じゃない。中小企業の多くが、同じ場所で消耗している。「相見積もりになると、いつも値段で負ける」「安くしないと選ばれない」――そういう相談を、本当によく受ける。でも、よく聞いていくと、値段が高いわけじゃないことがほとんどだ。問題は、「なぜ、その値段なのか」を、社長自身が言葉にできていないことのほうにある。
自社の価値が言葉になっていないと、お客さんには「比べる軸」が値段しか残らない。だから、値段で比べられる。逆に、「うちは、ここにこれだけの手間をかけている」「ここだけは絶対に譲らない」というのが言葉になっていれば、比べる軸そのものが変わる。相見積もりの土俵に、そもそも乗らなくなる。価格競争から抜け出すというのは、値段を上げることでも、うまく交渉することでもなくて、「自社を語れるようになること」なんだと思う。
安さで選ばれた仕事は、安さで逃げていく。
理由で選ばれた仕事は、理由がある限り、残ってくれる。
もしあなたが、いつも値段で比べられることに疲れているなら。「もう少し安く」に、つい頷いてしまう自分に、もやもやしているなら。まず一度、「なぜ、うちはこの値段なのか」を、社長自身の言葉にしてみてほしい。そこが言葉になった瞬間から、会社は、値段に振り回されなくなる。
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