「売上が2割上がります」と言ってしまった日
― ブランディングの効果を、僕が数字で約束しなくなった理由
数年前、僕は経営者に向かって「これをやれば売上が2割は変わると思います」と言ったことがある。
言った瞬間、相手の顔が明るくなったのを覚えている。それまで小難しい話ばかりしていた僕が、初めて“わかりやすいこと”を言ったからだ。契約は、その場で決まった。
結論から言うと、売上は2割上がらなかった。
上がらなかった理由は、いま振り返ればはっきりしている。その会社の売上は、当時ほぼ一社の元請けからの発注で決まっていた。ロゴを整え、サイトを作り直し、会社案内を刷り直したところで、元請けの発注量が変わるわけがない。売上を動かす主要因は、僕が触れる範囲の外にあった。
にもかかわらず僕は、数字を口にした。契約を取りたかったからだ。
半年後の報告の席は、いまでも思い出すと胃が重くなる。社長は怒らなかった。「まあ、そんなもんですよね」と笑って終わらせてくれた。その一言が、いちばんこたえた。期待されなくなった、ということだからだ。
■ 効果を語らないのは、ただの逃げ
この失敗のあと、僕はしばらく逆方向に振れた。効果の話を一切しなくなったのだ。「ブランディングは長期の話ですから」「すぐに数字には出ませんので」。そう言って、測定の話題から距離を取った。
でも、これはこれで不誠実だった。
経営者にとって、支出には理由が要る。「効果は測れません、でもお金は払ってください」は、通らない。通らないほうが健全だ。長期という言葉は、ときどき「検証しない」の言い換えとして使われる。僕は、それをやっていた。
数字を盛るのも、数字から逃げるのも、どちらも相手を軽く見ている。そう気づくのに、正直けっこう時間がかかった。
■ いま僕がやっていること:測れるものだけを、先に決める
いまは、契約前に必ずこの話をする。
「売上への影響は、僕には約束できません。売上は、商品・価格・営業・タイミング・景気の合計だからです。デザインの寄与だけを切り出す方法を、僕は持っていません」
そのうえで、こう続ける。
「代わりに、いま測れるものを一緒に決めさせてください」
具体的に置くのは、だいたいこの3つだ。
① 採用の“質”の変化
応募者数ではなく、応募動機に何が書かれているか。「安定していそう」「家から近い」から、「この会社の考え方に共感した」へ変わるかどうか。数は増えなくていい。中身を見る。
② 値段以外の理由で選ばれた件数
相見積で、いちばん安くないのに選ばれた案件が何件あったか。選ばれたとき、相手が何と言ったか。「御社が一番わかってくれていたから」という言葉が出た回数は、そのまま価値の翻訳が効いた回数だ。
③ 判断にかかる時間
これがいちばん早く動く。「この案件、うちが受けるべきか」「この求人票、うちらしいか」に、何日かかっているか。言葉が定まると、ここが劇的に縮む。社長が不在でも、現場が判断できるようになる。
■ いちばん最初に変わるのは、社内の空気だ
ある製造業の会社で、この3つを測ってみたことがある。
半年後、応募者数はほぼ横ばいだった。売上も、目に見えて伸びてはいなかった。数字だけ見れば「まだ何も起きていない」ように見える。
でも、社内は明らかに変わっていた。
社長が出張でいなくても、部長が「これはうちの仕事じゃない」と断れるようになっていた。以前は「社長に聞かないと」で止まっていた案件が、その日のうちに返事できるようになっていた。朝礼で、社員が自分の言葉で会社の方針を説明していた。
社長は言った。「売上より先に、会議が短くなりました」と。
僕はこれを、ブランディングのいちばん最初の成果だと思っている。ブランドとは、要するに会社の判断基準だ。判断基準が言葉になれば、迷う時間が減る。迷う時間が減れば、動く回数が増える。動く回数が増えれば、いつか数字は動く。
順番はいつもこれだ。判断が変わる → 行動が変わる → 数字が変わる。この最初の2つを飛ばして、いきなり3つ目を約束する人を、僕は信用しないことにしている。自分がそれをやって、失敗したからだ。
■ 「わかりません」と言えるかどうか
冒頭の失敗から学んだのは、テクニックではない。
わからないことを、わからないと言えるかどうか。そのうえで、わかることを具体的に差し出せるかどうか。参謀として隣に立つというのは、たぶんそういうことだ。
耳あたりのいい数字を出せば、その日の契約は取れる。でも、半年後に「まあ、そんなもんですよね」と笑われる関係になる。僕は、もうあれをやりたくない。
もし、いま誰かから「これで売上が必ず上がります」と言われているなら、一度だけ聞いてみてほしい。「上がらなかったとき、何を見て原因を判断しますか」と。まともな相手なら、ちゃんと詰まるはずだ。詰まったうえで、測れるものを出してくる人と組んだほうがいい。
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