先代から継ぐのは、事業じゃなく“判断基準”だ
― 二代目社長がロゴを変える前に、言葉にすべきこと
代替わりしたばかりの社長から相談をもらうことが、ここ数年で明らかに増えた。
用件は、たいてい同じだ。「ロゴを変えたい」「サイトを一新したい」「会社案内が古い」。要するに、見た目を変えたい、という話で来る。
僕は、それに反対しない。実際、変えたほうがいい会社は多い。
ただ、デザインの話に入る前に、必ず一つだけ質問することにしている。
「先代が、絶対に譲らなかったことって、何ですか」
この質問に、すぐ答えられる二代目は、ほとんどいない。
■ 変えたいのは、たぶんロゴじゃない
なぜ、就任してすぐ形を変えたくなるのか。
僕はこれを、センスの問題だと思ったことがない。もっと切実な理由があると思っている。
継いだ会社は、先代の言葉で回っている。仕事の受け方、断り方、社員への言い方、金の使い方。そのすべてに、前の社長の判断が染み込んでいる。ベテラン社員は「先代ならこうした」と口にする。取引先も「お父さんの頃から」と言う。
その中で、新しい社長は、自分の言葉をまだ持っていない。持っていないのに、決めなければいけない立場に立たされている。
だから、目に見えるものを変えたくなる。ロゴを変えれば、「今日から自分の代だ」という宣言になる。実際、それは間違ってはいない。
ただ、順番が逆だ。
宣言する内容がないまま宣言だけしても、社員には「新しい社長、見た目を気にする人なんだな」としか伝わらない。数年後、そのロゴは誰にも語られないただのマークになる。
■ 「全部変える」と「全部守る」は、同じ場所にいる
二代目の相談を受けていると、だいたい二つのタイプに分かれる。
一つは、先代のやり方を全部変えようとするタイプ。もう一つは、先代のやり方を一切変えまいとするタイプ。
正反対に見えて、僕はこの二つを同じものだと思っている。
どちらも、「先代」を基準にして自分の立ち位置を決めているからだ。全否定も全肯定も、判断の軸が自分の外側にある。だからラクなんだと思う。考えなくていい。
本当にしんどいのは、その中間だ。何を継ぎ、何を変えるのか。その線を、自分の言葉で引くこと。
そしてこの線引きこそが、事業承継の本体だと僕は思っている。株も、設備も、取引先も、書類で引き継げる。引き継げないのは、判断基準だけだ。
■ 一線は、理念の額縁じゃなく「断った仕事」に残っている
では、その判断基準をどう掘り当てるのか。
理念や社訓を読んでも、たいてい出てこない。壁に掛かっている言葉は、だいたい「誠実」「挑戦」「お客様第一」で、どの会社にも当てはまる。あれは判断基準ではなく、飾りとして書かれた言葉だ。
僕が代わりに訊くのは、こういう質問だ。
① 先代が、儲かる話を断ったことはありますか。それはなぜですか。
② 先代が、本気で怒ったのはどんな時ですか。
③ 先代が、割に合わないのに続けていたことは何ですか。
三つとも、「何を大事にしていたか」ではなく「何を捨てたか」を訊いている。
人の価値観は、選んだものより、捨てたものにはっきり出る。会社も同じだ。得たものは戦略で説明がつくけれど、失ってでも守ったものには、理屈じゃない一線が出る。
以前、ある製造業の二代目社長にこの質問をしたとき、最初は「特にないですね」と言われた。でも15分粘ったら、こう出てきた。
「そういえば親父、量は出るけど検査基準を緩めなきゃ通らない仕事を、一回断ってるんですよ。当時、僕は正直もったいないと思ったんですけど」
その会社の一線は、額縁の中じゃなく、その断った仕事のほうに残っていた。
「うちは、通せないものは通さない」。
これを言葉にした瞬間、社長の顔つきが変わった。それは先代の思想であると同時に、自分もそこは変えたくないと思っていた部分だったからだ。
■ 線が決まると、デザインは驚くほど早く決まる
その会社は、結局ロゴを変えた。
でも変えられたのは、見た目の趣味を新しくしたからじゃない。「変えていい部分」と「変えてはいけない部分」の境界線が、先に決まったからだ。
厳しさ、実直さ、逃げない姿勢。ここは継ぐ。
そのうえで、閉じた印象、内向きな空気、若い人が入りにくい古さ。ここは変える。
この二つが決まっていれば、デザインの判断は一気に速くなる。案を並べて「どれが好きか」で迷う会議が起きない。「うちの一線が伝わるのはどっちか」という質問に変わるからだ。
そして何より、社長自身が理由を語れるようになる。社員に「なんでロゴ変えたんですか」と訊かれたとき、「古かったから」ではなく「うちが通さないと決めているものを、外からも分かる形にしたかった」と答えられる。
この答えを持っているかどうかが、数年後に効いてくる。
■ 「変えない」も、強い選択になる
もう一つ言っておきたいことがある。
判断基準が言葉になると、「変えない」という選択も強くなる、ということだ。
なんとなく変えないのは、ただの惰性だ。でも、理由を持って変えないと決めたものは、資産になる。「このマークは祖父の代からで、うちが◯◯を守る限り変えない」と言い切れる会社は、それだけで筋が通って見える。
僕の仕事は、変えるための仕事じゃない。何を未来まで効かせるかを決めるための仕事だ。だから、ヒアリングの結果「ロゴは触らないほうがいい」という結論になることも、普通にある。
■ 継ぐのは、覚悟じゃなく言葉でいい
事業承継の話になると、よく「覚悟」という言葉が出てくる。
でも僕は、二代目に必要なのは覚悟より先に言葉だと思っている。
覚悟は目に見えないから、社員には伝わらない。伝わるのは、社長が何を判断基準にしているかだけだ。「うちはこれをやらない」と一つ言い切れれば、社員はそれを頼りに動ける。
そして、自社が何者かを自分の言葉で語れる経営者は、強い。迷ったときに立ち返る場所があるし、その確かさは社員にも伝わる。社員が誇りを持って働けば、その誇りは家に帰って家族にも届く。
僕がこの仕事をしている理由は、たぶんそこにある。ワクワクして働く大人を、少しでも増やしたい。事業承継は、その分かれ道になりやすい局面だ。
もし今、あなたが継いだ会社で「変えたいけれど、何を変えていいのか分からない」と感じているなら。
まず、先代が断った仕事を思い出してみてほしい。
そこに、あなたが継ぐべきものが残っている可能性が高い。
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