「“断る基準”をつくると、仕事は増える ― 中小企業が最初に言語化すべきは、強みではなく“やらないこと”」

「“断る基準”をつくると、仕事は増える ― 中小企業が最初に言語化すべきは、強みではなく“やらないこと”」

Kenta Torii

Knowledge

「断る基準をつくりましょう」と提案すると、経営者の顔は、たいてい少し曇る。

言いたいことは分かる。うちはまだ選べる立場じゃない。来た仕事を断るなんて贅沢だ。営業がやっと取ってきた案件を、こちらの都合で落とせるわけがない。──何度も聞いてきた反応だし、僕はそれを甘えだとは思わない。売上が読めない状態で「断る」という言葉を出されたら、身構えるのが普通だ。

それでも僕がこの話をするのは、断る基準が、いちばん手っ取り早く「自社を説明できる状態」をつくるからだ。

何でも受ける会社は、何屋なのかが伝わらない

中小企業の受注は、いまだにその多くが紹介で動いている。ということは、誰かが誰かに「あそこがいいよ」と言う瞬間が、営業の実体だということだ。

このとき何が起きているかというと、紹介する人の頭の中で、検索がかかっている。「この相談は、誰に振ればいいか」。ここで名前が出るかどうかが、すべてを決めている。

そして、名前が出るのは「何でもできる会社」ではない。「この場面ならあそこ」と紐づいている会社だ。

つまり、間口を広げるほど、思い出されにくくなる。ここが厄介なところで、経営判断としては間口を広げるほうが安全に見えるのに、営業の実態としては逆に働く。何でも受けます、と言い続けている会社は、誰の頭の中にも保管場所を持てない。

強みは盛れる。断った仕事は盛れない

ヒアリングで「御社の強みは何ですか」と訊くと、答えはすぐ出てくる。技術力、対応の速さ、面倒見のよさ。どれも本当のことだと思う。ただ、この手の答えは、同業他社に同じ質問をしても、ほぼ同じ言葉が返ってくる。自分の中だけで完結する評価だからだ。

ところが「これまでどんな仕事を断ってきましたか」と訊くと、多くの場合、沈黙が生まれる。

断った経験がないのではない。断ったという意識で整理されていないのだ。何となく折り合わずに流れた話、受けたけれど二度とやりたくないと思った案件。それらは、事実としては積み上がっているのに、言葉になっていない。

僕はここを掘る。とくに効くのは、この二つの質問だ。

ひとつ、受けて後悔した仕事はありますか。
ふたつ、その仕事は、どの時点で「合わない」と分かりましたか。

前者はよく話が出るが、価値があるのは後者のほうだ。「合わないと分かった時点」は、そのまま判断のチェックポイントになる。見積もりの前だったのか、契約後だったのか、現場に入ってからだったのか。ここが分かると、次から同じ地雷を、もっと早い段階で踏まずに済む。

ある製造業の会社で起きたこと

従業員二十数名の、受託加工の会社があった。相談の入り口は「ホームページから問い合わせが来ない」だった。

話を聞いていくと、問い合わせ自体は来ていた。ただ、その大半が価格だけを訊いてくる相見積もりで、返答に時間を取られ、そのわりに決まらない。営業担当は一日の多くを見積もり作成に使っていて、既存客への提案に手が回っていなかった。

そこで、ホームページの前に、受けない仕事を三つだけ決めてもらった。決め方は単純で、過去二年の「受けて後悔した案件」を全部書き出し、共通点を探しただけだ。

出てきたのは、単発で図面だけ渡されて用途が分からない仕事、極端に短い納期を前提にした仕事、そして価格の比較だけで話が始まっている仕事。三つとも、この会社が本来強い「試作段階から一緒に考える」領域から外れていた。

決めた直後、社長は不安そうだった。「これ、売上減りませんか」と。正直、僕も減る可能性はあると答えた。

半年後、受注件数は実際に減っていた。ただ、一件あたりの単価は上がり、問い合わせから受注までの期間が短くなっていた。減っていたのは仕事というより、最初から合わなかった商談にかけていた時間のほうだった。

そしてもうひとつ、想定していなかった変化があった。営業担当が、断るときに理由を説明できるようになったことだ。「うちは用途が分からない図面だけの加工はお受けしていなくて、代わりに設計段階からご相談いただく形が得意です」。この一言が、断りの場面をそのまま自己紹介に変えていた。断られた相手から、別の案件で戻ってきたこともあったという。

基準は、社長の頭の中では機能しない

大事なのは、この三つを紙に書いて、営業も現場も見える場所に置いたことだ。

断る基準は、社長の頭の中にあるうちは、基準ではない。その都度の気分と区別がつかないからだ。社員は判断できないので、結局すべてを社長に確認しにくる。判断が一人に集中したままなら、何も変わっていない。

言葉にして共有されて、はじめて基準になる。社員が自分で「これは受けない案件です」と言えるようになったとき、それは会社の判断基準として動きはじめている。

まず、ひとつでいい

いきなり三つ決めなくてもいい。過去一年で「受けて後悔した仕事」をひとつ思い出して、なぜ後悔したのかを一文にする。それだけで十分な出発点になる。

強みは、増やそうとするほど曖昧になる。減らそうとすると、はっきりする。

何を受けないかを決めることは、仕事を捨てることではない。自社の輪郭を、他人が説明できる形にすることだ。輪郭のある会社は、思い出される。思い出される会社に、いい仕事は戻ってくる。

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デジタル領域が得意なデザイナー。日頃から海外のトレンド情報や最新技術をインプットし、お客さまに価値を届けます。

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