値上げの案内文を見せてもらう機会が、この一年でずいぶん増えた。
たいてい、こう始まる。
「平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。さて、このたび、原材料価格ならびに人件費の高騰により、誠に心苦しいのですが、価格を改定させていただくことになりました」
礼儀正しいし、どこにも失礼はない。テンプレートとしては満点だ。それでも僕は、この文面を見るたびに「もったいない」と思う。
読み終えたときに残る印象が、「事情があって、仕方なく上げるらしい」の一点だけだからだ。
■ 「仕方なく上げた値段」は、いつか戻される
値上げの案内文が謝罪文になっている会社は、たいてい半年後に同じ苦労をする。
「そろそろ、元の値段に戻せませんか」
原材料が落ち着いたらしい、という話が出た途端に、そう言われる。当然といえば当然で、こちらが「事情のせいで、仕方なく」と説明したのだから、事情が変われば戻るものとして受け取られている。
つまり、外に置いた理由は、外の変化で崩される。
もっと厄介なのは、社内側だ。案内を出したあと、現場の担当者が取引先から「高くなったね」と言われる。そのとき、理由が自分の言葉になっていないと、こう返すしかない。
「すみません、会社が決めたことなので……」
この一言で、経営が何ヶ月もかけて決めた値段が、現場で謝罪の対象に変わる。文面がどれだけ丁寧でも、ここでひっくり返る。
■ Before:ある工務店の案内文
昨年、地方の工務店から相談を受けた。社員十数名、地域の紹介でずっと回ってきた会社だ。数年ぶりに一割ほど価格を上げることを決めて、その案内文を「文章として整えてほしい」という依頼だった。
見せてもらった原稿は、まさに先ほどのテンプレートだった。高騰、心苦しい、何卒ご理解を。
僕は文章を直す前に、社長にふたつ質問した。
「その値段にして、何を守りますか」
「その値段にして、何をやめますか」
社長は最初、少し黙った。それから、こんな話を始めた。
この数年、見積もりを抑えるために工期を詰めてきた。職人が二現場を掛け持ちして、朝から夜まで走る。そうすると、最後の納まりが雑になる。手直しが増える。ベテランが辞めていく。──「安くやること」を守った結果、自分たちが一番大事にしてきた仕事の質が落ちていた。
だから、上げたい。工期に余裕を持たせて、一現場に一人をきちんと張り付けたい。引き渡し後の一年点検も、下請けに任せず自社の担当が同行したい。
「じゃあ、何をやめますか」ともう一度訊いた。
社長は少し考えて、「相見積もりの三社目に入るのを、やめます」と言った。価格だけで比べられる土俵から降りる、という意味だ。あとは、当日の急な追加工事の無料対応もやめる、と。
このやりとりに、二時間かかった。文面の推敲は、そのあと三十分で終わった。
■ After:何をどう変えたか
書き換えたのは、実は構造だけだ。
一つ目。謝罪から始めるのをやめた。 冒頭を「心苦しいのですが」ではなく、「このたび、私たちは工事の進め方を見直すことにしました」に変えた。値段の話ではなく、判断の話から入る。
二つ目。理由を外から内に移した。 原材料の高騰には触れる。ただしそれは背景として一行だけ。主語は「うちは、こうすることに決めた」にする。値段は、その決定の結果として書く。
三つ目。守るものを具体的に書いた。 「品質の維持のため」ではなく、「一現場に担当を一人固定します」「引き渡し後一年の点検に、施工した本人が同行します」。抽象的な品質は誰も検証できないが、具体的な約束は検証できる。検証できる約束だけが、値段の根拠になる。
四つ目。やめることも書いた。 「急な追加工事の当日対応は、今後は日程を改めてお願いすることになります」。ここを書くのは勇気がいる。でも、守るものだけ並べて値段を上げると、読み手には「サービスは据え置きで値段だけ上がる」ように見える。何かを手放したと分かって初めて、価格の変更は筋の通った判断として伝わる。
五つ目。案内文を、取引先より先に社員に配った。 朝礼で読み上げて、「高くなったね」と言われたときに何と答えるかを、全員で口に出して確認した。ここが一番大事だったと、今でも思っている。
■ 起きたこと
正直に書くと、離れた取引先はあった。二社。どちらも、価格だけで発注先を決めていた先だった。
一方で、社長が驚いていたのは別のことだ。案内を出したあと、既存の何社かから「じゃあ、点検も込みでお願いしたい」という連絡が来た。守るものを書いたことで、これまで無料でやっていた工程が、初めて価値として認識された。
そしてもう一つ。値上げの説明を、現場の職人がするようになった。「うちは今年から、一現場に一人つけることにしたんです」と。会社が決めた値段が、現場の人間の言葉で語られている。この状態になった会社の値段は、そう簡単には崩れない。
■ 値上げを伝える言葉をつくる、四つの問い
やり方を整理すると、こうなる。
① その値段で、何を守るのか。 できるだけ具体的に。「品質」「サービス向上」は言葉になっていない。誰が、何を、どの頻度でやるのかまで落とす。
② その値段で、何をやめるのか。 引き算がない値上げは、通らない。やめることを書けない場合、そもそも値上げの中身が決まっていない可能性がある。
③ その理由は、自社の判断として書けているか。 外部要因を主語にしていないか。「高騰したので」ではなく「だから、こうすることに決めた」まで書く。
④ 現場の人間が、それを自分の言葉で言えるか。 案内文の最初の読者は社員。ここで詰まる文章は、外に出しても機能しない。
■ 値上げは、価格の話ではない
値上げの相談は、僕のところには「文章を整えてほしい」という形でやってくる。でも実際に手を動かすのは、文章の推敲ではない。その会社が何を守る会社なのかを、もう一度言葉にする作業だ。
値段は、会社の判断がいちばん短く表れる場所だと思っている。何を大事にして、何を手放すのか。それが決まっていない会社の値段は、景気や取引先の都合で揺れる。決まっている会社の値段は、理由を持って立っている。
だから値上げは、面倒だけれど、悪い機会ではない。自社の輪郭を、外に向かってはっきり言い直せる数少ないタイミングだ。
謝りながら上げた値段は、いつか戻される。
宣言として上げた値段は、その会社の基準になる。
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