「補助金が使えるので、ブランディングをやりたいんです」
年に何度か、こういう相談をいただく。ありがたい話だし、使えるものは使ったほうがいいと僕も思っている。中小企業にとって、まとまった額をブランディングに回すのは簡単な決断じゃない。その背中を押してくれる制度があるなら、活用しない手はない。
ただ、正直に書くと、補助金をきっかけに始まった案件は、結果の振れ幅が大きい。数年後に「あれをやってよかった」と言ってもらえる会社もあれば、制作物だけが手元に残って、誰も使っていない状態になる会社もある。
その差は、経営者の熱量の差ではない。もっと構造的な理由がある。今日はそれを三つに分けて書いてみたい。補助金そのものを否定する話ではなく、うまく使うための話として読んでもらえたらうれしい。
(※制度の内容・対象経費・補助率は年度ごとに変わります。実際の可否は必ず最新の公募要領と、支援機関や専門家への確認をお願いします。ここでは制度の細かい話ではなく、進め方の話をします。)
一. お金は「形」につきやすく、「中身」につきにくい
補助金の対象になりやすいのは、たいてい目に見えるものだ。ロゴ、ウェブサイト、パンフレット、看板、展示会のブース。成果物として写真に撮れて、領収書と紐づいて、実績報告書に載せられるもの。制度としては当然の設計だと思う。公金である以上、何に使ったかが検証できる必要がある。
一方で、僕の仕事でいちばん時間がかかるのは、そこじゃない。
社長に半日話を聞いて、この会社は何者なのか、何を大事にしていて、何を「うちはやらない」と決めるのかを、一緒に言葉にしていく工程。ここが決まらないと、ロゴもサイトも「なんとなくきれいなもの」にしかならない。
ところがこの工程は、成果物の形になりにくい。出てくるのはA4数枚の言葉と、判断の基準だ。写真映えもしない。
つまり、お金は形につきやすく、中身につきにくい。これが一つ目の構造だ。
結果として何が起きるか。予算配分が自然と制作物側に寄る。中身を掘る工程は「そこまで時間かけなくていいです」となる。そして、形だけが残る。
二. 締切が、いちばん削ってはいけない工程を削る
補助金には、動ける期間がある。交付決定から事業終了まで、スケジュールは決まっている。
これが二つ目の構造だ。締切そのものは悪いことじゃない。むしろ、いつまでも決まらない社内案件が動き出す効果は大きい。問題は、圧縮されたときにどこが削られるかだ。
制作の工程は削りにくい。ロゴを作る時間、サイトを組む時間は、物理的に必要だからだ。納品物が決まっている以上、ここは動かせない。
削られるのは、その手前だ。半日かけたいヒアリングが一時間になる。出てきた言葉を社内で持ち帰って、幹部と話して、一週間寝かせて、「やっぱりここは違う」と戻す──その往復が消える。
僕の経験では、会社の言葉がいちばん変わるのは、この「持ち帰って、また話す」の往復の中だ。一回のヒアリングで出てくるのは、社長がすでに言い慣れている言葉であることが多い。二回目、三回目で、まだ言葉になっていなかったものが出てくる。
そこが消えると、ヒアリングは「聞き取り」で終わる。聞き取りから作ったものは、社長の中で腹落ちしないまま納品される。
三. 目的が「採択されること」にすり替わる
三つ目が、たぶん一番大きい。
申請の準備をしている間、社内の関心はどうしても「通るかどうか」に集まる。当然だと思う。落ちたら話が始まらないのだから。
でも、採択の通知が来た瞬間に、なぜやるのかを考える動機が消えてしまうことがある。目標を達成してしまったような気分になるからだ。本当はそこがスタートなのに。
さらに、事業終了の期限がゴールに見えてしまう。実績報告を出して、検査が終わって、入金される。そこで完了、という感覚になる。
ブランディングは、納品したあとに何年も使って初めて効いてくるものだ。新しく決めた言葉を、採用面接で使う。朝礼で使う。営業資料の一行目に置く。社員が迷ったときの判断基準として使う。その運用のほうが、制作よりずっと長い。
期限がゴールに見えると、この運用の設計が丸ごと抜け落ちる。
では、どう使うか
否定ばかり書いてしまったので、実際にうまくいった会社が何をしていたかを書く。
まず、「補助金が下りなくてもやるか」を先に決めている。
僕が補助金前提の相談で必ず聞くのがこれだ。「もし採択されなかったら、これはやりますか」。ここで即答できる会社は、やる理由がすでに自分の言葉になっている。補助金は純粋に追い風として機能する。答えに詰まる会社は、一度立ち止まったほうがいい。やる理由が、締切と補助率のほうにあるからだ。
ある製造業の会社は、この質問に「規模は小さくしてでもやります」と答えた。実際、申請と並行して、補助の対象外だった言語化の工程を自社の予算で先に始めた。採択の結果が出る前に、会社の軸はもう決まっていた。だから交付決定のあとの制作は、迷いなく進んだ。
次に、申請書を自分たちで書いている。
申請書の設問は、よくできている。なぜやるのか、誰に何を届けるのか、どうなったら成功と言えるのか。これは、そのまま言語化のフォーマットだ。全部を外部に任せてしまうと、いちばん価値のある工程を手放すことになる。書き方の支援は受けていい。ただ、中身は自分の言葉で埋めたほうがいい。
それから、対象外の工程にあらかじめ自社予算を置いている。
ヒアリング、コンセプト設計、社内合意。ここが対象になりにくいなら、最初から自腹で確保しておく。「補助が出る分だけやる」と決めると、必ず中身側から削られる。
最後に、事業終了日をゴールにしていない。
納品後にこの言葉をどこで使うか、誰が使うかを、制作前に決めておく。採用ページ、朝礼、営業資料、名刺の裏。使う場所が先に決まっていると、作るものの精度も上がる。
補助金は、火をつけてくれる
補助金は、動き出せない会社の背中を押してくれる。社内の反対を通す理由にもなる。その効果は本当に大きいと思う。
ただ、どこへ向かうかまでは決めてくれない。着火剤は、火をつける役には立つけれど、行き先は指し示さない。
だから、順番だけは変えないでほしい。先に「うちは何者で、どこへ行きたいのか」を決める。補助金は、そこへ行くための燃料として使う。逆にすると、制度が決めた対象経費の形に、会社の意思のほうが合わせにいくことになる。
もし今、社内で補助金の話が出ているなら、ひとつだけ確認してみてほしい。
その計画は、補助金の話が消えたとしても、やりたいことでしょうか。
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